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NZに移住するまで その19 ベジタリアンのホームステイ3
夫のお世話になった4つのホームステイ先、夜ご飯に出してくれたものはさまざまだったけど、朝ご飯はどこも似たり寄ったりの定番メニュー。トースト、バター、ジャム、マーマーレード、ピーナツバター、はちみつ、ベジマイト、シリアル、牛乳、コーヒーなど。これに缶詰の果物とヨーグルトでもつけば超豪華!たぶんこれは全国的に共通ぽい。

夫は基本的には朝食抜き。でも当時はコミュニケーションをもつため毎朝一緒に食卓についた。夫の朝食は、大抵トースト 2-3枚(NZのトースト用パンは薄い。サンドイッチ用くらいの薄さ)にオリーブオイルでのばしたベジマイト。ベジマイトってくさい!とよく言われるしょっぱい発酵食品。朝からまるでおつまみのような・・(汗)。と、紅茶。元々好きではないシリアルはドライすぎて朝からは食べられず、果物やジャム類は甘いものが苦手なので食べない。ピーナツバターはすぐ飽きた。毎朝食べることが出来たのは、ホストもびっくりのベジマイトだけだった。夫いわく、醤油や味噌っぽさが続けられた秘訣かも、だって・・。

学校の昼休みの食事は毎日外食。コロンボストリートのオーガニック日本食レストラン「aiki」の向かいにある、クリシュナー教レストラン「ゴビンダス」によく行ったそう。「aiki」は予算オーバーでめったに入れない。オーガニックの玄米ご飯や納豆が食べられる貴重なお店で、私も何度か行ったことがあるけど、旅行中に楽しむには別に全然高くはなかった。でも、毎日のこととなるとほんの数ドルが痛いってことなのね~。「ゴビンダス」には5ドルのランチがある。ここにはヨガにも通った。週に1回、夕食つきのヨガ教室に通い、すっかり常連さんだった。

high st.沿いのアジアンフードコートにある、菜食中華料理店、同フードコートのタイ料理店で、標準のメニューを肉なし野菜追加にしてもらったり。そんな英語もだんだんスラっと出てくるようになってきた。ギリシャ料理店でファラフェル(ひよこ豆のコロッケたいなの)、トマトフェッチーニ(NZのパスタは茹で立てじゃないものが多い。のびてトマトソースを吸ったフェッチーニはきつい!けど、バリエーションのひとつとしてたまに)、パン屋のベジベーグル(チーズは妥協)。インド料理の豆か野菜のカレー。などなど。

店を探すのも楽しみのうち。タイ料理、ベトナム料理、台湾料理、カフェやレストランでも大抵一品くらいはベジタリアン料理があった。日本(風)料理屋では野菜の天ぷらが食べられた。

NZのメニューでは、チキンなんとかにはチキンがどっさり、ビーフなんとかにもビーフがこれでもかってくらい、ラムもしかり、ハムもしかり。その代わり野菜料理にそれら肉類がちょっぴりだけ入ってるっていう中途半端なことはない。これはベジタリアンには助かる!野菜料理には植物性のものだけ。当たり前のようだけど、日本は意外とそうではない。これはありがたい~~。

ベジスチューデント事情はまだ続きます。
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NZに移住するまで その18 ベジタリアンのホームステイ2
3ターム目のホームステイ先は菜食ではなかったが、全て菜食を用意してくれた。ホストも菜食だったのは、シェフのいた2ターム目だけで、以降は、普通の家庭で菜食を勉強して挑戦してくれたのだ。

3ターム目の家庭では、ホストマザーと夫が初めの一週間ほどかけて、学校のベジタリアンの先生から借りた本などを頼りにどんな料理が大丈夫かとか、普段こんな風に食べてるとか、打ち合わせをしたそう。ホストマザーは好奇心旺盛でヘルシーメニューにも興味のある人だったので、この一週間で菜食料理のコツを掴んだのか、以後は本をアレンジしながらなんなく美味しいものを作ってくださった。

インドネシア育ち、オランダ人、NZ移民の彼女の作る料理は煮豆のサラダ、インドネシア風?の野菜炒め、さや豆の炒めもの、野菜のスープ、などなど。全部美味しかったそう。NZの野菜料理にありがちなローストドベジタブル(オーブンで焼いたじゃがいもやかぼちゃ)が少なかったのはやはり彼女が移民だからか。同じアジア育ちの夫には、彼女の作る料理が味付けもローストしない野菜の水分の多い感じもよく合ったようだ。

彼女が学校の先生から借りた本といのがまた良くて、一人暮らしのベジタリアンや、家族の中で自分だけベジタリアン、という人向けに書かれてあったそう。少量作る方法や、普通食の人との材料の使いまわし方などが書かれていて、シチュエーションがぴったり合った。それにしても料理のセンスのある人だったっぽい。2ターム目のシェフとはえらい違い。

いや、シェフもヨーロッパで修行してたらしいし、ヘンだと思う味付けもところ変わればウケるのかも知れない。でも・・・食べる人を喜ばせよう、美味しいものを作ってあげようという気持ちが、3ターム目のマザーのほうが断然強いように感じる。シェフはどろどろ煮込みは自分では食べなかったらしいし・・・。料理を美味しくするのは、世界中どこでも、やっぱり愛でしょ。

ベジタリアンスチューデント事情はまだまだ続きます。
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NZ移住まで その17 ベジタリアンのホームステイ
基本的にベジタリアンな私たちは、普段家では穀菜食だ。肉・魚・卵・乳製品は食べない。外食で貫くのは難しいのでお付き合い優先、外では野菜優先だけど、まぁなんでも食べる。ホームステイ先ではどうか。これはなかなか難しい問題だったみたい。

最初のホームスティ先では、ベジタリアンということを告げずにステイを始めた。最初、うまい具合に野菜料理が続いて、重いチーズなんかはちょっと我慢して食べた。でも、好き嫌いを訊かれて、実は家では動物性のものは食べていなかったと告白した。彼らは驚いてたな~。海外で菜食主義といえば、普通は重要なアイデンティティになるだろうにそれを隠して我慢していたなんて、彼らにすれば?????なことなのかも知れない。

最初に希望を伝えるときに、叶いにくい希望を入れると恐ろしく遠くなったり、他の条件が悪くなる可能性があると聞いたので食事のことが後回しになっていたんだった。後出しだったにも関わらず、その告白以降は彼らの肉料理は別料理として作り、野菜だけの料理を作ってくれることとなった。

ホームステイ先に恵まれて問題なく順調に過ごすと、会話の内容が単調になってしまい、英語の勉強にはマイナスらしい。問題の無いことが問題になってくる。夫は、より多くの人と話すため、ターム(5~6週間)ごとにホームステイ先を変えた。学校のホームステイコーディネータに菜食希望であることを告げて相談すると、ニュージーランドでは、菜食は結構普通なのですぐホストファミリーは見つかる、と太鼓判だった。でも夫の「子供、ティーンエイジャーのいない家庭」という希望がネックになった。子供がいるから、子供の健康のために菜食、というパターンが多いらしく、子供のいない菜食家庭というのが少ないみたいだった。

2ターム目のホームステイ先のホストは、元ベジタリアンシェフ、ヨーロッパでシェフとして長く働いていた経験があり、地元の新聞にも料理の記事を寄稿していた。ベジタリアンシェフと聞いて、日本にいた私はすっごく羨ましかった。いいなぁ、毎日プロの作ったベジ料理に舌鼓♪しかし実際は、奇怪なスープやごった煮が多く、一緒にステイしているスイス人共々まずくて食べられないこともあったのだとか。シェフなのにー??

このベジタリアンシェフの料理は、日本料理を独自に解釈?したものや創作料理が多かったらしい。乾麺のうどんを別茹でせずにどろどろに煮込むのは毎度のこと、食べられずに残すと翌日も翌々日もそのどろどろが出されたそうで・・。ご飯はカチカチかべしゃべしゃ。おかずはイギリス仕込の意味不明のスパイスで表現不能の味付け。それがいつも寸胴鍋に大量にあり、食べ切るまで同じものを食べざるを得ないという・・。うぅ、辛そう。

シェフは宗教上のベジタリアンなので、どうもお肉やチーズに未練があるらしい。すごく太っているので、外出先では肉を食べているに違いない!と夫。そして擬似肉(グルテンや大豆のから作った肉っぽいもの)やベジチーズを多用。こういうものも含めて肉に未練の無い、食べたくない夫とスイス人には大不評。でもなかなか言いにくいらしい、スチューデントからホストに食べ物の注文は。うどんの茹で方やご飯の炊き方を教えてあげればよかったのに!と言うと、なんだかちょっと有名なシェフで、言えなかったとのこと。食べ物のこと以外では、気楽におれるいいステイ先だったらしいデス。

ベジタリアンスチューデント事情、まだ続きます。
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NZに移住するまで その17 2ターム目
2004年9月、ジェネラルコースの5週間が終わり、次の2ターム目。普通はIELTS試験の直前に受ける上級の、「毎日模擬試験コース」を受けることになった。けっきょく、もう1ターム通ったので、試験直前には逆に中級コースに逆戻りすることになってしまう。模擬試験の問題はワンパターンしかなく、リスニングやリーディングで同じ試験を使えないからだそうだ。

このクラスは、ほとんど大学入学を目指す、中国人学生。そこに、やはり大学進学希望の韓国人の女の子、日本人の女の子、それに夫。英語力というより、どうしてもIELTSの点数の必要な者が集まってきていた。先生は、現役IELTS 試験官、と IELTS コース主任教官。

現役試験官が講師をすることはよくあることらしい。語学学校の売りになっている。この場合、どっちが本職でどっちがアルバイトなんだろうか?IELTS 試験の受験申請書には、どの学校で英語を勉強したか書く欄がある。夫は、長いこと、なんのためにこれを書くのか疑問だったらしいが、これは、語学学校で講師をしている試験官が、本試験で、自分が担当した生徒と当たらないようにする措置だったらしい。

この、毎日毎日、読み聞き書き話す四科目の模試というハードな授業を6週間続けた直後、夫はTOEICテストで前回より135点アップの765点をマーク。更に言うと、一年半前はこの半分以下の点数だったので、まぁまぁがんばった!
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NZに移住するまで その16 IELTS対策クラス
2004年7月末、IELTS GT(ジェネラルトレーニング) の勉強が始まった。生徒は11人。うちアジア人以外はロシア人一人のみ。日本人は5人。他は韓国人と中国人。IELTSコースにしては、日本人の割り合いがかなり大きいクラスだったそうだ。ちなみに、TOEICクラスは日本人が多い。

先生は二人、午前がリーディング、ライティングでKris先生、午後はリスニング、スピーキング、Denis 副学長で元 IELTS 試験官。この時間割は語学学校の標準みたいで、変わることはなかった。夫いわく、午後リーディングにすると寝る生徒が多くなるからか?

その授業内容は、独学で苦労していた夫には感動的だったしたらしい。ライティングは、いくつホームワークしても喜んで添削してくれる。日本でライティングの添削をしてもらうのは、添削料が高くてなかなか難しかった。イーオンの先生は好意でしてくれたりもしたが、残念ながら、あれは試験向けの添削(パラグラフィング、手紙の作法等)ではなかったことをこのとき知った。元試験管の添削とはさすがに違ったらしい。

今までの本番テストでは採点基準が分からなくて、どこがどう悪かったのか分からなかった答案に、ここでは正解、間違いをつけてもらえる。また、いかに文法が大切かも教えられ、聞き取れて、読めていても解答が正しく書けていなかったと改めて思い知らされた。どこで減点されていたのかがクリアになってこそ対策も立てられる。どこをどうしればよいのかが明確になるのは非常にありがたいことだ。リスニングも数字、アルファベットの聞き取り、メモ取りなど日本の語学学校ではしなかった勉強法だったし、地名や学校の教科名等他、試験頻出単語の小テスト、、とにかく試験対策としての効率が全然違った。

・・・と、日本にいて、話を聞いているだけの私には、さぞ難しく大変だろうと思う授業内容だったが、彼のクラスメイトで永住権を目指している5人の人たちの真剣さ、行動力に自分の甘さを反省したとかで、ここで踏ん張らねば後が無い、と意気込みを新たにしたみたいだった。日本人留学生同士、馴れ合ってだらだら・・という雰囲気を懸念していたけど、どうやらその心配はないみたいだった。
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NZに移住するまで その15 留学はじまる
語学学校での語学留学が始まった。夫は、留学コンサル業者の薦めで初めの一週間は一般英語コースにて勉強を始めた。一日目に試験を受けて中級クラスに振り分けられた。その後始まるIELTS コースに比べて宿題が少なく、比較的時間に余裕の持てる一般英語コースに通いながら、学校に慣れる、文房具そろえたり、昼食を食べる安いレストランを探したりと出来た。IELTSはカリキュラムがキチキチっと決まっているコースなので、新生活と同時に開始すると学校に慣れるまでに基礎のコースが終わってしまう。さすがコンサルタント、ナイスアドバイス。

IELTSコースは試験を受けて5.0以上から入学出来る。それ以下の成績では準備コースというのになる。夫は日本での5.5の成績結果があったので無試験で入れた。

IELTS コースは普通アカデミックだが、そのタームに限り ジェネラルトレーニングコース(以下GT)が開設された。このGT コースはなかなか開設されないコースらしい。WritingTask 1 の手紙の練習は GT でしか受けられないので、これは本当に幸運だった。以降 2ターム(1ターム=5~6週間)この学校で勉強したが、GT は以降開設されずアカデミックを勉強した。GTでの受験には当然不利で当初不満があったらしいが、今となっては、このアカデミック 2タームは、仕事をする上でかなり役に立っているそうだ。

前記事のダイアンとイアンの、シーズンオフの B&B の空き部屋にホームステイという恵まれた環境。食事作法、生活のルール等、ネイティブ Kiwi の、しかもかなり厳しいしっかりした家庭だったので、ここでの生活はとても勉強になったと思う。夫は、以降都合 4件のホームステイ(英語の勉強のため各タームごとにホストファミリーを変えてもらった)先を転々とするが、食事マナー、生活ルールについて誉められることはあっても、注意されるようなことはなかったそう。ダイアンとイアンの家にはスチューデントからの手紙や贈り物がいっぱいあった。本当にホストファミリーのお手本のような家だった。

その家に、一週間遅れてステイメイトが現れた。オーストラリア移住希望のロシア人電子エンジニア、イゴール。夫より少し年上で40歳代。ロシアではかなり裕福な環境だったらしく、ロシア語キーボードの東芝製ラップトップを持ち込み夜の電話回線は独り占めしていたそう。夫はパソコンなし。お互い英語力はまだまだで、初めはコミュニケーションに苦労したらしい。夫はニュージーランドではロシア人にけっこう縁がある。常にロシア人の友人がいたし、現在もいる。ロシア人の移民が多いのかな?彼とは学校も同じで登校も一緒。お互いに40前後の貴重な友達だったんじゃないだろうか。準備が整って、いよいよIELTSの授業が始まる。
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NZに移住するまで その14 語学学校
夫のホストファミリーは、エイボンデイルに住むKiwi夫婦で、家事をこなすニートなご主人イアン(仕事は引退)と、観光案内所に勤める奥さんダイアンとの二人。今まで数多くのスチューデントをステイさせた経験があり、日本人も多かったそうだ。穏やかで優しく、ユーモアがあって明るい。部屋は清潔で整っていて何もかもがいつも通り決まった場所にきちっとある。そんな家だった。そういうニートさは元数学教師のイアンによるもの。料理もレシピ通りにきちんと作り、出来上がったときには台所も片付いている。ナプキンとナイフフォークがセットされたダイニングにつくとお祈りをしてから食事が始まる。これがNZ式か~、とそのときは思ったものだ。ダイアンの食事当番の日はピザだったりもした。ダイアンは細かい家事は全然しない。社交的で明るく、おしゃべりしたり笑っているのが仕事、というような感じだった。イアンは言ってた。「ian(イアン)はdiane(ダイアン)の中に抱かれてるんだ」。トラディショナルな美学を持つ紳士で、かつ家事も出来る理想的なkiwiハズバンドのイアン。でも彼に言わせればきっとダイアンこそが理想的なワイフなんだろう。本当に仲の良い夫婦だった。写真はダイニングからの素晴らしい眺め。エイボン河との間にはバックヤードしかない。朝食後にテーブルクロスのパンくずをはたきに行くと鴨がたくさん寄ってきた。何もかも素敵な家だった。

一週間があっという間に過ぎ、月曜日、学校の始まる日になった。私は日本に帰る日だ。朝、ダイアンの車で一緒に学校(サザンイングリッシュスクールズ)まで送ってもらう。再び空港まで送ってもらう時間の約束して、二人で学校に入った。写真は学校の外観。こんな薹の立った新入生がツマを付き添いに連れて来るなんて前代未聞ではないのか?恥ずかしい・・と思っていたのだけど、スタッフは二人とも歓迎してくれ、私も一緒にどんどん奥に通された。少なくともここのIELTSコースで1ターム6週間をフルタイム過ごすことになる。校内施設の説明や、スクールアクティビティの説明を聞いていても実感が沸いて来ない。私が通うわけではないので当然だけど。私がいたのではどうしても日本語を使ってしまうだろうから、英語漬けを徹底させるために一人で留学することにした夫。これから半年くらい、夫だけ残って勉強する。離れ離れになる。実感が沸かない。実感が沸かないままクラス分けテストの時間になった。あ、じゃぁ、元気でガンバッテね。うん、じゃぁ。残される夫の不安な気持ちを想うと、少し泣けてきた。

イアンとダイアンとの待ち合わせまでまだ時間があったので、シティの図書館に行ってみた。ここも素晴らしく綺麗な図書館で、海は見えないけどエイボン河と木々の見えるゆったりとしたソファ席がある。外に面したカウンターにずらーーっと椅子が並んだ自習スペースは圧巻。間に鏡があったりはしない。奥までずーーっとカウンターと椅子。

図書館を出て待ち合わせの時間までと思ってカフェのテラスでお茶を飲んでいたら、なんと夫と他の新入生が先生に案内されて横を通りがかった。へ?さっき涙の別れをしたばかりなんですが?団体行動中の夫ともう一度涙のお別れをするわけにもいかず、中途半端ーーに気まずく手を振って見送った。なかなか劇的な場面を演じるというのは難しいものだ。

イアン達と落ち合って空港まで送ってもらう車中、彼は大丈夫よ、やり遂げるわ、とダイアンが繰り返し言う。空港で、イアンとダイアンとしっかりハグをし合って涙・涙のお別れをした。短い間だったけど、よくしてくれてありがとう。そして、夫をよろしくお願いします、となんと言えばいいのか英語で言えずに日本語で言った。頑張れ!夫!チャーチは真冬、日本は真夏、2004年7月のことだった。


クライストチャーチ=日本間は約9400km。案外近い?


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NZに移住するまで その13 ハンマースプリングス
2004年の7月、夫の留学の入学付き添いを兼ねた観光にクライストチャーチに来ていた私と夫は、チャーチからバスで2時間ほどのところにある有名な温泉、ハンマースプリングスに一泊で行ってみた。日本の温泉とは趣きが違い、宿泊施設とは別になっているスーパー銭湯とレジャープールを足して割ったような?雰囲気のところで、全て露天風呂。というか屋外プール。

水着は必着。屋外の土間の更衣室で着替えるようになっているが7月といえば真冬なので、めちゃくちゃ寒い。水着姿の温泉客で賑わうプールサイドを見ていたらとても冬だとは思えないがそれでも冬は冬。普通の日本人(よりちょっと冷え性で寒がり)の私から見ると、同じ空間にいるとはとても思えない白人達・・。全然寒がってないし、彼ら。意を決して水着に着替え、ガチガチと震えながら手近なプール(湯船)に浸かると・・・これが、ぬるい!(涙)体温よりわずかに高い水温で、のぼせるどころか冷えてくる。全然だめ!というわけで、他の湯船にジプシー・・。しかし、濡れた体に風が当たってさっきより更に寒い!

水着姿でトロピカルドリンクを飲んだり日光浴をしている白人の温度感覚というのは一体どうなっているのだ?まったく、まったく解せない。ぶるぶる震えながらさまよい、やっと、40度の表示を発見!硫黄泉で、小さな岩風呂風になっていて、腰掛けて入れるようになっている。早速入ると、じんわりと冷えた体が温まっていき、いい感じ。ふぅーーー、やっと温泉ぽくなってきたよぉ。長く入ると危険!という但し書きもあるけど40度でもまだまだぬるめで、のぼせるとか有り得ない。私が充分温もるまで浸かっている間に、白人が来て浸かっては短時間で出て行く。ゆっくり浸かっているのはアジア人ばかりだ。

これともう一つの40度以上の温泉を中心に25mプールなどでも遊んで一旦宿に帰り、夜にもう一度入場し、星空を見上げながら入浴してみた。満天の星、星、星、星!!施設の明かりはあるものの、温泉以外は何もないハンマースプリングス。寝て入れる岩風呂はいい感じに灯りも暗く、あったかいお湯の噴出し口もあって夜空を見上げるのに最適。視界には星しかない。ほんとに極楽だ。あと最低半年は働く予定のない無職の夫・・エエ身分よね。。ほんまに、同級生の中でも、同期の中でも一番の幸せ者に違いない。少なくとも今、この瞬間は。

湯に浸かる以外に特にすることのない温泉で、どちらからともなく言葉を交わすのは自然の成り行きだろう。ここでもたくさんの人と笑顔と挨拶を交わした。日本人留学生をステイさせているという男の子、日本の温泉の経験があるというキウイご夫婦、団体でやってきたギャルグループなどなど。笑顔で一言二言交わすだけで、どうしてこんなにやわらかい気持ちになれるのか。温泉で旅人同士触れ合うのは日本でも馴染みがある。でも、ここではもっと気軽な感じがした。だんだん、NZが好きになっていく。温泉にはカメラを持っていかなかったので、写真は全てハンマースプリングスの町。二日目は雨になってしまった。温泉以外のアクティビティは何も出来なかったけど、天気が良ければハイキングコースなどもいいところがあるらしい。

留学に向けて、最後のバカンスが終わった。いよいよ、学校だ。
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NZに移住するまで その12 再びチャーチへ
移住するまでを書くにあたり、少し間が空いてしまったのであらすじを・・。仕事からの逃避でNZ移住という楽しげな夢を見ていたが、夫の会社の早期退職制度実施に後押しされ、脱サラして英語の勉強に本気で取り組むことになり一年、永住権申請に全然足りない成績しか取れない息子夫婦に実家の態度も硬化し、働くかさっさと海外に行くかのどっちかにしろという雰囲気の中、夫は妻を残し、NZ語学留学に逃げることになった。

2004年7月中旬、語学学校の始まる夏休み直前に出発するのと比べて、早めの出発だと二人分の旅費+私の一週間の滞在費が余裕で出るほどの差額があった。というわけで、夫の入学の付き添いを兼ねて一週間の観光をすることになった。

スティ先はそのまま夫が一ヶ月お世話になるKiwi夫妻でB&Bも営んでおられる大きなお家。朝食・夕食もお世話になった。後だしでベジタリアンということを告げたにも関わらず一生懸命肉抜き料理を作って下さってとっても有難かった。朝食はシリアル、ミルクorヨーグルト、トースト、コーヒーに各種スプレッド。これが典型的なKiwiモーニングらしい。ダイニングテーブルからは窓枠に収まった絵のように美しいエイボン河が見え、鴨や水鳥が窓の下までやってきていた。

夕食はKiwi家庭では多いらしいけど、ここでも一品をどーん、で終わりというメニューが多かった。マカロニグラタンだけ、とかリゾットだけ、とか。ご飯というはっきりとした主食が無く、じゃがいもやパスタを使ったおかずだけ、という感じ。テイクアウェイのピザだけ、という日もあった。たしかオールブラックス戦の日で、食後すぐ衛星放送の観れるテレビのあるお隣さんちに夫婦揃って行くための手抜きだったみたい。ほんとに皆オールブラックスが大好きだ。


このステイ先からバスで少し行ったところに、ニューブライトン図書館があった。


この大きな美しい図書館はビーチの目の前に建っていて、海側の壁は全面ガラス。建物の外側の通路の手すり部分を透明アクリルで作るほどこの窓からの眺めを徹底して追及してある。

窓側にはゆったりした赤いソファがずらりと並んでいて、それぞれにヘッドフォンが完備されクラシックからポップスまで数あるチャンネルの中から選んで好きな音楽を聴きながら海を眺め、本を読んだり居眠りしたり出来る。すごい!いい!サイコーじゃない?放課後や休日はここで勉強するのね!と思うと夫が羨ましくて羨ましくてしょうがなかった。


桟橋の先まで行くと、海と空に包まれる。(ただし、紫外線注意!)

チャーチのシティまではバスで20分ほど。エイボン河沿いにずっと綺麗な風景が続く眺めの良いコースだ。シティでは銀行の窓口で手続きをしなければならない。一年の成果を試すときが来た。いよいよ、夫の英語再デビューのとき!2年近く前は、Mさんにお世話になりっぱなしだった夫が、窓口のネイティブとどれくらい渡り合えるのか。ここにこの1年間の全てがかかっていると言っても過言ではない。いや、過言か?緊張して見守っていると、、おおお、なんと、普通にしゃべってる!なんとか通じてる模様!有り得なかった光景が今ここに!おめでとう!夫!よく頑張った!とかいって、住所変更しただけなんだけどね・・。写真はカセドラル教会。

チャーチのシティはとてもコンパクトでカセドラルスクエア(教会のある広場)を囲んで主要な建物が全部近所に集まっている。移民局、日本領事館、観光案内所、図書館、路線バス、長距離バス乗り場、トラム(路面電車)乗り場、銀行、郵便局、航空会社支店などなど、全部徒歩数分のところにあって、このコンパクトさがすごく便利。写真、一階はよくお世話になったインターネットカフェ。

ホストマザーが観光案内所勤めだったので、近場で楽しめるところを色々と教えてもらえた。トラムに乗ってアートセンターまで行きマーケットを覗いたり美術館巡りをしたり、ロープウェイ(クライストチャーチゴンドラ)でポートヒルズに登ったり。山頂には展望台、カフェの他、タイムトンネルと称する資料館があって、その昔火山の噴火で出来た地形などについて映画やパネルで解説している。天気もよく暖かかったので、もっと景色を楽しみたくて下山は徒歩にしてみた。気軽に登れる規模の山で、たくさんの登山客とすれ違う。山で挨拶するのは日本もNZも同じ。でも、背中にベビーキャリーを背負ったお父さんが多いのはNZの特徴かな・・。

去年撮った写真が見つかったので写真を加えて加筆して再アップです。
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NZに移住するまで その11 停滞どころか一部後退
2004年4月、イーオンの給付金コースも終わり、職業訓練の通訳コースも終わり、燃え尽き症候群一歩手前の夫。いやいやいや、燃え尽きるのはまだ早い。自習場所を確保する目的もありイーオンの英会話クラスを延長しECCと同様毎日通うのを続けることにした。しかし、いったんプロの組んだカリキュラム通りにタイムスケジュールをこなしていく、というフルタイムの学校を経験してしまった夫は、自分のペースを再び掴むのに苦労していたようである。そんな夫の助けになったのが前出の「TOEIC実践トレーニング」であり、その勉強法であり、通訳コースの講師に勧めて頂いた 「TOEFLテスト190点完全攻略リーディング / リスニング」 だ。

IELTSの参考書は和書では 「はじめてのIELTS」 が唯一、2004年3月に出版されている。あとは洋書の問題集だけで、IELTS対策トレーニング本というのは無い。それだけ日本ではマイナーなテストらしい。TOEFLテスト完全攻略シリーズは、夫の弱点であるリスニングとリーディングの強化に最適で、IELTS対策としても充分使えるということで選んで勧めて頂いたもの。TOEFLは長文読解や論文のリーディングなどIELTSとの共通点が比較的あるテストらしい。これに加えて 「TOEFLテストリスニング問題350 / リーディング問題270」 を実践トレーニングの手法でとことんやった。このおかげで、リスニングとリーディング力は飛躍的に伸びた、とは本人の談。結果は次のIELTSですぐに現れた。

2004年7月、NZへの留学直前に受け取ったIELTSの結果は5.0。初めての後退。留学先に申告してある成績は計画通りの6.0なのに・・・やばい。ほんとにいい加減己を知らないといけない。弱点克服に必死になるあまり、ライティングを疎かにした結果がそのまま出た。恐るべしIELTS。

夫のここまでの試験結果経緯は以下の通り。

  1回目 2003年01月20日 L3.0 R4.0 W4 S5 結果4.0
  2回目 2003年05月26日 L4.5 R4.5 W5 S4 結果4.5
  3回目 2003年08月31日 L3.5 R4.5 W5 S6 結果5.0
  4回目 2003年12月06日 L5.0 R4.5 W5 S6 結果5.0
  5回目 2004年03月20日 L5.0 R4.0 W6 S6 結果5.5
  6回目 2004年06月26日 L5.5 R5.0 W4 S6 結果5.0

リスニングとリーディングは過去最高をマークしているのに、ライティング過去最低タイのせいで結果は後退。勉強すれば伸びるがサボれば落ちる。まだまだ身に付いていないやっとやっとの英語力なのだということを思い知らされる結果だった。

留学先は ニュージーランド留学情報センター に依頼してお世話になった。IELTSコースがあり、日本人の少ないところ、とお願いしておいたがIELTSジェネラルコースは少ないので選択肢もあまりなくすぐに決まった。忙しさにかまけて色んな決定事項を先延ばしにしていたらエアーチケットが取れなくなり、夏休みが始まり高額になる時期と重なってしまった。入学よりも一週間早めに出発すると私の往復チケットが取れるほどに安いと知り、早めの出発で私も同行することになった。2004年7月中旬、会社を辞めてちょうど一年が過ぎた。いよいよ最後の手段、真夏の日本から真冬のクライストチャーチへ、夫の語学留学&私の観光♪へと旅立った。

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