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森の神が教えてくれたこと


先週、ニュージーランドはイースター休暇だった。キリストの復活祭。NZ人にもキリスト教徒が多いとはいえ、クリスマスに比べるとあまり宗教色は濃くないようで、数少ない大型?連休として、レジャーホリデーになっているよう。我が家も、一泊と日帰りで近場に旅行に行ってきた。

カウリの森

オークランドから北のノースランドへ、トランピング(NZで山歩きのこと)目的で出掛けた。目的地はカウリというNZ原産の巨木のある森。まずは、maropiuから10キロのところにあるTrounson Kauri Park Scenic Reserveへ。3、40分の原生林保護区のウォーキングコースがある。樹齢数百年のカウリの木がそこここにある。他にもキャベッジツリー、ブナなどが頭の上を覆うように茂っていて、心地よい日陰を作ってくれている。シダ類にも恰好の環境だ。

実は私は、同じノースランドのカウリ博物館まで来て、カウリの森にも来れずに帰ったことがある。時間的制約で引き返したのでまたいつか来たいとは思っていたけど・・カウリ博物館での感情がよみがえってきて少し憂鬱になる。

カウリの木はかつて、NZの北を覆っていた。哺乳類の一切いなかったこの地に先住民マオリが住み始めてから建造物に使われたりしながらも、まだ共存出来ていた。彼らは巨木を神聖視し、植物を森から持ち出すときには祈りをささげる。しかし、白人が入植した200年前から一気に大量伐採され、あっという間に96%ものカウリの木が失われた。

96%!樹齢1000年とも2000年とも言われる巨木を、私利私欲のために(自分が住む家のためではなく輸出し、儲けるために)なぎ倒せるってどういう感覚だろうか。切れば同じように育つのに数百年から1000年かかると知って伐採できるその神経!!愚かとしか言いようがない。カウリの木はまっすぐで、下の枝は自然に落ちて育ち、冠をかぶったように上のほうにしか枝がない。そういう意味でも建築資材として欠点がない木なんだそうだ。そのことがカウリの不幸に繋がるなんて・・。

博物館には、大きなカウリの縦切りの板が展示してある。私にはまるで人体標本のように見えた。悲鳴が聞こえるようで、痛々しくてやりきれない。博物館のスタンスとしては、過去の伐採を肯定も否定もしていなかったと思う。ただ歴史的事実を伝えているような感じだった。それでも充分、人間のエゴが伝わってきた。目先の利益のためなら自然破壊なんかなんとも思わないのが人間なのか。そうだ、それが人間だし、それが自分だ。

これは分かりやすい、自分が参加しなかった過去の自然破壊の例。だけど今現在自分がやっていることが、じわじわと自然を破壊していることも知っている。知っているからやりきれなくなる。この分かりやすい例から、人間の、自分の愚かさを思い知らされる。いたたまれない。

そんな思いがカウリの木に対してあった。小さな虫にも、一年草の草花にも魂はあるだろうけど、2000年生きている森の主の霊性はいかほどだろうか。何もかも見通して、人間を責めているのではないだろうか。ごめんなさいと詫びる気持ちが強く、すがすがしい気持ちで見ることが出来ないのではと思っていた。Trounson Kauri Parkに入って、待望のカウリと対面してからも、こんなきれいで大きなものを、よくも根こそぎ無くしてしまえたものだとそんなことばかり考えてしまっていた。

Waipoua Forestに移動して、タネ・マフタに会うまでは。

20060421104844.jpg

それはタネ・マフタ、森の神と名づけられた最大のカウリの木。タネ・マフタは創生神話の六柱神のうちの一柱であり、天と地を分け、森の全てを創造し、万物を司る、生き、成長するものの象徴とされている。大きい!幹周りは13m以上、高さは50m以上。完全に保護されていて近づくことは出来ないが、数十メートル離れたところからでも圧倒的な存在感を感じる。

この、森の神に、詫びる気持ちでマナを送ってみた。カウリの木が癒しの光に包まれるように。その瞬間、ビリビリと熱いものが足を中心に走った。太ももから足の裏にどくどくと流れては胸と手のひらにこみあげてくるものがある。マナを送れば送るほど、その数十倍になって還ってくる。瞬時に私自身があたたかいもので満たされ、ありがたさに思わず涙がこみ上げてくる。

何もかもを観てきた森の神は、すべてを包み込み、赦し、ただそこに存在するだけだった。そのエネルギー(マナ)には、怒りも恨みも感じられない。それどころか、力強く、清清しく、愛に満ちたマナを惜しげもなく注いでくれている。愛に、その何十倍の愛で応えてくれる。それが、タネ・マフタという存在だった。

これだけのことで、罪悪感から開放され、カウリの森のトランピングを楽しめるようになったと書くとゲンキンすぎるだろうか。

万物を司るということは、万物を愛するということだ。森の神は裁かない。矛盾だらけの人間を、自分を、責めているのは他ならない自分だ。自分自身の裁きを、他のものの所為にするのはやめよう。森の神は愛を贈るだけだ。私は愛でそれに応えていこう。森のすべてを循環させるため、出来るだけのことをしよう。森の神はいつも見守っているだけだ。だから、恥じない自分でいよう。森を離れてもそうしよう。

森を離れても、タネ・マフタが教えてくれたように、裁かず愛し見守る存在を目指していよう。

何度も何度も振り返りながら、森を後にした。


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コメント

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素晴らしいですね~!
心が洗われるような美しい森、木々・・。
タネ・マフタ・・・。
画像からも、清浄な空気が伝わってくるようです。
ここに立てたら、ほんとに光を感じられそうです。
ŷ? | URL | 2006/04/26/Wed 11:27 [EDIT]
天姫さん、こんにちは。ほんとにすがすがしい、きれいな場所でしたよ!
森の中を歩いているだけで、見も心もまさに浄化されるような想いでした。
日本の神社なんかにもそういう清浄な場所がありますよね。
こういう場所でゆっくりする時間をなるべくとりたいものですねー。
michiko | URL | 2006/04/30/Sun 21:44 [EDIT]
ぜひ行ってみたい。
カウリの森、機会ができたらいってみたいです。
私にもエネルギーが伝わるかな。v-22
みどり@オークランド | URL | 2006/06/07/Wed 16:37 [EDIT]
みどりさん、お返事がこんなに遅くなってしまってごめんなさい!
カウリの森、6月にも再び行く機会に恵まれました。
相変わらず、圧倒的な存在感でした(^^
エネルギーはきっと伝わると思いますよ!
彼らの出しているものを貰おうとするより、まずみどりさんから送ってあげてみてください。
私のやり方(自己流)では、胸の辺りから光が出て、木に届くように伸びてるイメージで。
すぐに、何倍にもなって返ってきますよ☆
フラワーエッセンスはご存知でしょうか。
カウリはNZのフラワーエッセンスでは、ハートのチャクラに対応し、純粋な愛情のシンボルとされているそうです。なんだか納得です。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
michiko | URL | 2006/06/24/Sat 21:39 [EDIT]
同感です
先月、NZを旅行し、kauri Forestへも行きました。
天姫さんへのコメントに身も心も浄化されるとありましたが、その通りだと思います。
普段は霊的なものを何も感じない夫でさえ、「ここには神がいるんだな」と言っていました。
ところで、私が撮ったTane Mahutaの写真を見た知り合いが、森の精霊が3人写っているとおしえてくれました。(彼女は非常に霊感の強い人です)
確かに3人の顔が写っています。Tane Mahutaから森全体を見守っているそうです。
精霊が写真に現れることは珍しいことで、その写真が私を守ってくれると聞いて、嬉しくなりました。
でも、夫からは「そういう話は引いてしまう人が多いから外では言うな」と言われました。
Michikoさんなら引かないで聞いてくださるかなと思ったのですが、どうでしょう?
Noel | URL | 2006/08/20/Sun 13:03 [EDIT]
Noelさん
Noelさん、お返事が遅くなってごめんなさい。
旅行に行かれたんですね(^^
多くの人が南島へ行ってしまわれるのに、よくぞこの森へ行って下さいました!
気持ちいいですよね~。旦那様も何かを感じ取られたんですね。
そして写真のお話、引いてしまうどころか、興味ありありです。
精霊たちはどんな表情だったのでしょうか。
よかったら見せてくださいませんか?
左のメールフォームからメールをいただければお返事いたしますね。よろしくお願い致します。
michiko | URL | 2006/09/13/Wed 20:42 [EDIT]

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